白山を彩る人々

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ゲストハウスイロンゴ
倉田麻里

私は、白山町佐田で生まれ育ちました。両親が共働きだったため、祖父母に育てられました。
小学校の時は、祖父母が駅前で経営していた電気屋さんでお店番をしたり、おばあちゃんにお裁縫を教えてもらったり、七輪であられを炒ったりしていました。大売出しの時は、チラシ折を手伝い、裏のお寿司屋さんの出前を一緒に食べました。
畑や田んぼの手伝いも大好きで、稲刈り機に乗って、最後の1列を刈るときに、バッタやカエルがたくさん出てきて面白かったのを覚えています。手伝いをしていると、近所のおばあさんたちが、「えらいねぇ」と声をかけてくれたり、おやつをくれたりもしました。

そんな故郷を心のよりどころにし、大学からは、青山高原の向こう側、京都に下宿していました。大切な自然を守るために、世界で活躍したいという夢を背負って。
大学では、森林科学を学びながら、週末は林業をさせてもらいに京都の雲ケ畑というところに通いました。そこでも地域の人々に支えられ、活動を継続することができました。その時の経験をもとに、大学院卒業後は、環境NGOイカオ・アコの現地駐在員として、9年間フィリピンに駐在しました。

そこで出会った、フィリピン人の夫と共に、「これまでは、自分のことは後回しにして、他の地域のために活動してきたが、これからは、自分を育ててくれた地域のために、活動しよう」と、地元に戻ってきました。
地元に戻ると、子供の頃にお世話になった近所の方々が、フィリピン人の夫共々温かく出迎えてくれました。しかし、畑仕事をする人の姿も激減しており、耕作放棄地や野生動物による被害が目立っていました。かつて温泉とゴルフ場と大観音寺の参拝客でにぎわった駅前は、とてもさみしくなっていました。
この状況を何とかしたいと思っていたところ、地元に外国人の夫を持つ若者が、他にもいることを知りました。早速、みんなと仲良くなって、国際的な風で、地域を明るくできないかなぁと思いました。
そこで、Landing in HAKUSAN(農泊に取り組んでいる協議会としては、おそらく唯一、英語の団体名)という団体を立ち上げ、活動を始めました。国際感覚を持った人々に、白山に、着陸してほしいという思いが込められています。
地域の人と外部の人の交流を生み出したいと、昨年オープンしたゲストハウスイロンゴは、1年で300人以上の宿泊客があり、新聞やラジオにも取り上げて頂いて、社会的反響が大きかったです。白山町が地域外の人々に認知されるきっかけとなったかと思っています。

これからも、白山町が持続可能で、より魅力的な町に育つよう、社会の最先端をいくような取り組みを実施していきたいと思っています。白山町にお越しの方は、ぜひ、ゲストハウスイロンゴにお立ち寄りください!

農薬を使わない野菜作りに挑戦

小さいころから、おばあちゃんについて、畑仕事を見ていました。
いざ、自分がやってみるとなるとなかなか難しくて、うまくできませんでした。でも、好きこそものの上手なれ。
農業が得意な夫に助けられながら、楽しみながら、やっています。
 畑を耕すのは微生物。
自然に学びながら、農薬などを使わずに、おいしい野菜作りに挑戦しています。
夏は、農業体験も提供しているので、家族で土いじりをしてみませんか?

神聖な「おくどさん」を後世に残す

このかまどは、この辺りでは、おくどさんと呼ばれていて、神聖なものとして大切に使われていました。
このような4口もある大きい竈が残っているところは、この地域でもここにしかありません。
私が、このかまどは大切だから、壊さずに残しておいてと頼んでいたので、残してもらえました。
祖父母は、近代的なキッチンを作ってからも、お餅つきをするときにもち米を蒸したり、タケノコのあく抜きをしたりするのに使っていました。
今は、ご飯炊きの他、獣を解体するお湯を沸かしたり、草木染のワークショップを行ったりもしています。火を見ていると、心が和みます。
こちらでの調理体験や、かまどを使ったワークショップのためのスペースレンタルも行っています。

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